第16集:番場から醒井へ

国道8号から分かれ坂道を上ってゆく。峠へ向かう旧道は道路地図にも載っているようなのだが確認できない。そのやや右手に造られた舗装道路行く。

磨針峠へ
近江平野を北上する中山道には坂らしい坂は見あたらない。逢坂山以来だろうか。

もし安土が日本の首都だったら、この辺り首都近郊の住宅地としてマンションなど建っていたのかもしれない。そして横浜の権太坂辺りの昔はこんな風情だったのかもしれない。そんなことを思いながら上ってゆく。

峠道
やがて道路は大きく左にカーブして行く。その正面の草むらの中に手すりが見える。旧道の名残なのだろうか、道が通っているようだ。

現代の道路は車を通すために鉄道のスイッチバックと同様に迂回して高度を取るが、その点、旧道は強引とも言えるような様子で急坂を上がってゆく。

迂回した道路を進み、下から見上げた辺りまで戻ると、先程と同様に草むらの中を手すりが上がってくる。

自然というものは案外と強いものだと思う。人が道を利用することを止めれば、数年を経ずして自然に帰る。この道を再び人が歩く日は来るだろうか。

正面に望湖堂跡を見て再び大きく左にカーブする辺りから先は旧道のルートらしい。小さな集落が守るように山間にある。そして道は下りへと転じ峠を越えたことを知る。

名神高速道路が前方を走り、中山道はその手前で二股に分かれる。右へ行く道は山裾を鳥居本へと戻る道。

左に曲がり名神高速道路に沿って進む。山間の僅かな空間を辿っていた中山道は高速道路にその場所を譲り小磨針峠を越える。高速道路は米原トンネルで峠越え、今は彦根市と米原町の境となる。
高速道路と共に

右手から菜種川か流れてくる辺りで少しずつ離れて行くと西番場の集落が見えてくる。

まっすぐに延びてゆく街道を進み、蓮華寺への参道へと至る。門前を走る名神高速道路、自動車が絶え間なく風を切ってゆく。

「都合四百三十二人,同時ニ腹ヲゾ切タリケル。血ハ其身ヲ浸シテ恰黄河ノ流ノ如ク也。死骸ハ庭ニ充満シテ、屠所ノ肉ニ異ナラズ。」(太平記,第九巻)

蓮華寺
境内を巡り勅使門を後にする。頭上の高速道路から降ってくる自動車の音が途切れ、ほんの一瞬の間だけ静寂が辺りを支配したような気がした。

中山道へ戻って先へ進む。番場といえば「瞼の母」の「番場の忠太郎」といっても分かる人も少なくなっただろうと思う。昔、テレビで長谷川伸シリーズというドラマシリーズがあったように憶えているが、憶えているのはそれだけ。ドラマそのものの記憶はない。

県道240号との交差点に出る。交差点手前に米原への道を示す明治時代に造られた道標。米原へは2〜3kmほどの距離、県道を越えればすぐに名神高速道路の米原I.C、鄙びた風景ではあるものの便利はよい。

久礼一里塚跡で一服して高速道路を潜る。

この先中山道は住宅の間を抜け、国道21号を渡って醒井へと進む。