第13集:愛知川から高宮へ

天秤の里
清水鼻の名水を後に先に進む。旧道が国道8号を斜めに横切るとそこには近江商人像が旅人を迎えている。ここ五個荘町は近江商人発祥の地として知られる土地。

「近江商人とは、近江に本拠地をおく他国稼ぎ商人のことで、近江八幡・日野・五個荘から特に多く輩出し。その中でも五個荘出身の近江商人を五個荘商人と呼んでいます。」

五個荘町教育委員会生涯学習課HPより

国道から少しずつ離れてゆく中山道を進む。重要伝統的建造物保存地区に指定されているという五個荘金堂の町並みは国道8号を挟んだ北側になるという。途中、大郡神社への参道が左手に伸び国道を横断している。

右手から大同川が近づいてくると川との間に巨大な中山道分限延絵図、郵便局先の橋で川を斜めに渡り突き当たりを左に進む。近江鉄道五個荘駅へ向かうにはこの先を右折するがその交差点に右後ろから合流してくる道が伊勢へ向かう御代参道。振り返って見ると道が分かれる所には道標が残されている。

愛知川常夜燈
まっすぐ進み近江鉄道の踏切を越える。正面を横切る県道と交差点の角に常夜燈が見える。その先は愛知川の河川敷、この位置から対岸の常夜燈との間にかつてはむちん橋が架けられていたというが、現在では国道の御幸橋を迂回して対岸へ渡る。

愛知川が五個荘町と愛知川町の境、そして国道8号を少し進むと国道から右に分岐する道に「中山道愛知川宿」と標されたアーチが懸かっているのが見え愛知川宿に着いたことを知らせる。

国道から分かれてすぐに渡る小さな川が不飲(飲まず)川、その名は平将門伝説に由来する。

愛知川の町並み

問屋場、脇本陣、高札場、皆「・・跡」になってしまった愛知川宿だが、道筋は宿場時代のそれを伝えている。そして中山道の宿場ではなくなった後も近江商人の活動の場として賑わった町は、その時代の雰囲気を混ぜ合わせて21世紀の今を生きている。

宿場の北入口に並ぶ小さなお地蔵様に挨拶し「中山道愛知川宿」のアーチを再び潜って愛知川宿を後にする。

沓掛の交差点から宇曽川を渡る歌詰橋まで一直線の道が伸びている。じっと目を凝らせば高宮宿まで見通せるような・・・。

歌詰橋
川の名前はかつて水運に利用されたことから「運漕」がいつしか「宇曽」になったのだと聞いた。一方、橋の由来は将門伝説とか。

歌詰橋の先は豊郷町。町役場の手前、伊藤忠兵衛旧宅を訪ねる。

「伊藤忠兵衛」を略して伊藤忠、「綿糸商伊藤糸店支店」と標された上に画いてあるマークが丸の中に紅で丸紅。なるほどと納得して先に進む。町役場を過ぎると改築問題にゆれる豊郷小学校が見えてくる。さて、日本有数の「ソーゴーショーシャ」となった今ではその創業ゆかりの地の騒動も縁なきこと、か。

中山道は彦根市に入る。高宮と鳥居本の両宿は現在では彦根市内、「おいでやす彦根」のモニュメントと僅かに残った松並木が旅人を迎える。