第11集:守山から武佐へ

近江富士
野洲川を渡る。右手をJR東海道線が走り、その鉄橋の向こうには近江富士三上 山がその美しい山容を見せている。
石仏
橋を渡り終えると左手に十輪院。傍らには赤い前掛けの石仏が並ぶ。十輪院先の二俣を右に入りJR線の高架橋をくぐると、野洲町内のまっすぐだが決して直線ではない、旧道らしい町並みの中を進む。

やがて左手に蓮照寺、右手に唯心寺を見る辺りを過ぎ、県道504号との交差点で背くらべ地蔵と出会い、さらに先へ進むと程なく正面に野洲小学校が見えてくる。


背くらべ地蔵
小学校を挟んで道は左右に分かれている。中山道は右へ進む。左へ行く道は近江八幡、安土、彦根などを経て鳥居本で再び中山道と合流する朝鮮人街道。


中山道は小学校に沿って進み途中の交差点で横断歩道を渡り直進する。通りを抜け県道150号野洲停車場線との交差点に出ると右手には新幹線の高架橋が視界を遮っている。その先には駐車場完備のショッピングセンターがあるのだが、中山道は高架橋に向かって左手の路地となって先に進む。

公民館前の前を過ぎる辺りから左に曲がって行き徐々に市街地をぬけて行く。この付近では国道8号は街道の東側を走り、新幹線が西側を行く。

大岩山古墳群と新幹線

徐々に新幹線の線路に近づいて行くように進むと右手に見えてくるのが大岩山古墳群。中山道は新幹線と古墳の間を抜けて行く。

街道を見おろしている古墳の上に登ってみると、傍らを最新鋭の新幹線電車が轟音を残して駆け抜けて行った。古代からこの地にある古墳の傍らで未来の人々は何を見、何を聞くのだろうか。

家棟川

篠原神社前を過ぎ、家棟川の下をトンネルが通る。トンネルの先を直進すれば国道8号に合流するが、中山道の道筋はそれを拒むかのようにして二股を一旦左に進みほんの少し並行してから国道に合流する。

国道の右手に西池が見えると、その先でほんの僅かの旧街道の名残が国道の西側に残る。国道に戻るとすぐにまた池、こちらが東池か。

道は登り坂、今でこそ国道を自動車が次々と走り抜けて行くが、往時はさぞかし寂しい所だったに違いない。そんな場所に宗盛塚はある。

この先で中山道は再び右手に入り国道と分かれる。再び国道に合流するところに小さな池、すぐ先の鏡神社と共に義経元服伝承の地。

鏡神社

源平合戦ゆかりの古跡が続くのはこの辺りが古代東山道の宿場、鏡宿であったが故か。

さて、鏡口の交差点でまた右手に入り国道を避ける。善光寺川の手前で国道に復しその先の西横関交差点で今度は左に分かれる。集落を抜け日野川に突き当たる辺りがかつての渡河点はこの辺りと聞く。

日野川

国道8号の横関橋を渡り川沿いの小道を左に入る。日野川の対岸、宝養寺の裏手当たりが街道の続きだろうか。田圃の中を馬淵町交差点、八幡神社前まで進み国道に合流、その先は左にカーブして行く国道と分かれて直進し、近江八幡工業団地に突き当たる。

左手、国道8号の六枚橋交差点を曲がり工業団地に沿って進んでゆくと次の交差点は直進する国道から旧道を分けてくれる。国道から右手に分かれた後すぐに左へ行く道へと入る。この交差点の名称は「西宿交差点」。武佐宿の西という意味だろうか。いずれにしても宿場の入口はもうすぐそこにある。