第4集:淀から伏見へ

堤道を橋本へと向かう。左手に淀川、右手の田圃との間を行くこの府道13号京都守口線、この道もかつては国道1号京阪国道として京阪間のメインルートだった。その風景の中にかつての京街道の姿を想像してみる。
京街道は樟葉中之芝2交差点で府道を下り、枚方市から京都府八幡市へと入る。
橋本の街
自動車の行き交う府道からはずれ橋本の街並みへと入って行くと、そこにはかつての賑わいの名残を今に伝える空間がひろがっている。かつて色里として賑わった界隈は今もその名残の風景を街道筋に残している。
街並みの突き当たり、左手の小さな橋の手前に淀川の対岸、山崎との間を結んでいた橋本の渡しの道標を見る。目の前に府道に上がり向こうに目をやるとそこにはサントリー山崎醸造所とその前を走る阪急電車を見ることが出来る。
渡し跡を背にして右手に進むと橋本駅手前の曲がり角にも道標。其処此処に街道の面影を残す橋本の街を過ぎ男山八幡へと進む。
楠は今も街道を見守っている
橋本の街並みを出て少し進んだ土手に楠の大木が見える。
かつてはこの横を抜けて堤道が現在の御幸橋北側付近へと続いていたという。時を経て幾たびもの河川改修の結果、川の流れは往時とその様相を変え、今ではその道は淀川の中に失われている。
御幸橋を渡り街道に復するのだが、その前に男山八幡宮に立ち寄る。京阪電鉄の男山ケーブル線で約三分、山上駅近くの展望台からは京都の街並み、そしてその向こうに比叡の山々を見ることが出来る。
御幸橋を渡り終えてすぐ東側へ京街道は田圃の中を淀宿へと進んで行くが道路工事などでなかなか思うに任せない。まっすぐ進めれば吉、そうでなければいったん八幡市と京都市との境界付近まで府道を迂回し京阪線の車庫の脇を抜けて街道へと戻る。
京阪線の高架下を通り真っ直ぐに進んで行く。右手向こうに涼森神社を見つつ進むと円通寺門前。その先の突き当たりを右に、そしてすぐ左へと曲がりその先の信号付近が淀大橋址か。今はない橋の代わりに交差点を渡って進めばもうそこは淀の宿となる。

府道126号新町淀停車場線、現代の京街道を淀駅へと進む。途中、文相寺門前で左に折れ、道なりに右へと曲がり、そして最初の路地を再び右に入って大専寺門前へと曲折していたという。そこに何があったのか、淀城の古地図と見比べてみた。京街道を迂回させていたそのにあったもの。それは淀城の掘り割りの一部だった。

淀城趾
大川寺門前から進み郵便局の先を左手に折れると京阪淀駅。
その裏手に淀城趾が残る。踏切の先、商店街の右手の道が京街道。路地を抜け大きな通りに出た先に淀小橋が架かっていた。通りを横断し淀小橋址の路地を抜けたところの交差点を右、競馬場方向へと進む。
途中、競馬開催日には車で埋まるであろう駐車場の傍らに一つの碑、戊辰戦争激戦の地を示している。
右に宇治川が流れる。左手は京阪線

とと伏見の間は近い。右に見て進んできた京阪線の踏切を渡り淀川の堤防上に上がる。すぐ先、京街道を横切っている国道1号を横断すれば伏見宿はもうすぐそこである。
国道1号を渡り宇治川に沿って伏見宿へと歩を進める。道路の高架橋を潜り左手の京大防災研究所の建物を見ながら進むと前方に新高瀬川を渡る小さな橋が見えてくる。
橋を渡ると道は右手の堤防上に続いている。しかしよく見ると正面に僅かに人に踏み固められた道らしきものが続いている。そして、その先は右手の堤防から一段低くなった所に旧道らしき風情が残っている。足下に注意を払い慎重に下りて行く。現在の堤防を見上げる位置にあるこの道が往時の名残なのだろうか。
ぐるりと左に回り込んでから堤防上に上がってゆくと右手に三栖閘門が見える。そして、その裏手がかつての伏見港である。
京街道は北から流れてくる壕川の流れに沿うように進み伏見の街へと入って行く。
伏見港跡から北へ、最初の橋が肥後橋、渡って突き当たりを左に折れると京橋に出る。右手に進むと京阪中書島駅。かつてはここにも宇治川派流が南北に流れていたが今は埋め立てられている。
一方、そのまままっすぐ進み、濠川と宇治川派流の合流点少し北側の橋が角倉橋。その先の十字路右手の阿波橋を東に進むと京橋からの道に合流する。

淀川の水運を利用した京阪間の交通の要衝として栄えた伏見は、伏見奉行所の管轄の下にあり普通の宿場町の枠を超えた大きな街であったのだろう。今も東西南北に整然とした町割が残り、しかもその町名は

三栖閘門

往時のものがほぼそのまま使われている。けっして「西新宿」とか「東上野」などではないのだ。

寺田屋
京橋を北へ渡った東側に寺田屋事件そして坂本龍馬ゆかりの宿として今も残る旅籠寺田屋。すぐ目の前を流れる宇治川派流からは三十石船が大坂天満の八軒家へと向かって行ったという。ここから一筋北側の道を右手に進むと豊臣秀吉が伏見城築城の際の城下町形成にあたって作ったという四つ辻の四つ当りの曲折した道筋が残されている。