第3集:枚方から淀へ

淀川新橋を過ぎ送電線が淀川を渡っているあたりで堤道を下りる。街道はすでに枚方市へと入っている。住宅の間に残る水田の横を進み、用水路と府道13号京都守口線を渡り路地へと入って行く。
枚方市出口界隈
この先の住宅地はいかにも古くからの住宅地といった風情、いや実際に旧道沿いの道筋なのだからそれも当然か。狭い路地に沿って家並みが続いてゆく。緩やかに曲がる道を、地番表示を頼りに進むとやがて光善寺門前へと出る。寺の東側の道を北へ進み伊加賀小学校に沿う。京街道はこの先の枚方西高校とその先の団地内へと消えて行くという。高校の敷地に沿って迂回し先ほど渡った府道を横切ってから進路を北から東へと曲げる辺りが再び現れてきた京街道、その先の枚方大橋南詰交差点へと向かう。交差点の前方左斜めの裏通りが京街道か。突き当たりを右へ、次の二俣を左手の登り坂に道を取り再び突き当たるとその左手が枚方宿の西見付となる。
鍵屋資料館
角の案内板に導かれ先へと進めば往時の船宿鍵屋、現在は枚方市立鍵屋資料館が旅人を迎える。「ここは枚方、鍵屋の浦」と唄われた船宿は近年まで料亭として営業をしていたと言う。

鍵屋資料館前を先に進み突き当たりの丁字路手前の大きな町家は突き当たった道の左右の現代的な町並みとの好対照を成している。

屋号は“田葉粉屋”という

丁字路を左に折れると正面に浄念寺、京街道はその門前をかすめるように曲手を形成して枚方市中心部へと入ってゆく。

浄念寺門前

狭い路地には僅かに古くから商いを続けてきたという風情の商家が残るがそれも束の間、正面には近代的なショッピングビルが左右にそびえ、京街道はビルの間の遊歩道、とその様相を変化させる。

京街道は信号を一つ渡り最初の四つ角、その右手の自動販売機が立ち並ぶ間に道標をひっそりと残している。

“右大坂みち”
旧街道の面影
その四つ角を反対に左手へと曲がり続いて右手へと折れて行くと、その先に京阪枚方市駅前のバスターミナルへと出る通りと交差する。通りを渡れば、その先はかつての枚方宿東見附までのまっすぐな道である。

まっすぐ進んでゆくと天の川に突き当たる。かつての枚方宿東見附、その手前に問い屋場を務めた旧家の建物が一軒残るがその他には何もその痕跡を留めてはいない。天の川の土手に上がり前方を見やれば、川の向こう側の正面に街道が続いていることが見てとれる。

下流側の府道に架けられた現代の鵲橋を渡り旧街道に復する。しばらくは主要道としての役割を終え、地域の生活道路となった京街道を磯島の交差点へと向かって進んで行く。

磯島交差点からは府道13号線を、途切れることなく行き来する現代の三十石船、京阪電車と並行して進んでゆく。

 京街道は御殿山の駅を過ぎ三栗南交差点で左手へと府道と分かれる。その道は緩やかに右手へとカーブして再び府道と出会いそれを横断する。この道を境として町名は右手が三栗、左手が渚内野となっている。

 府道を渡った先はここも旧街道というよりも普通の生活道路として地域の人々の用に供されている。横断してすぐ京阪線の踏切を渡り左にカーブした道はどこにでもある住宅街。いたずらに古の風情を求める事なかれ、旧街道が今ここに住む人々の役に立ち本来の道としての機能を全うしているのであればそれでよいのではないか。右手に阪今池公園が見えてくると小さな坂道、上がればそこに保谷川の流れが見える。小さな川に架かる橋を渡り対岸へ出るとすぐに牧野の駅へと到着する。

京阪特急
牧野駅傍らの踏切を渡り再び京阪線と並行して進んでゆく。京阪電鉄は1910年(明治43年)大阪・天満橋−京都・五条間で開通している。当時はまだ舗装されていなかったのであろう旧街道に寄り添うように小さな電車がのんびり走る姿を想像する。そんな風景も今は昔、江戸時代には三十石船の下り便でも半日掛かっていた行程を、現代の特急電車は50分余で淀屋橋と京都三条との間を走り抜ける。

 やがて京街道は、成雲寺の手前で右手へと曲がってゆく京阪線と分かれて左寄りへと進み船橋川に突き当たる。いったん下流側の府道へ迂回し川の対岸に出る。少し歩くと樋ノ上交差点、再び淀川沿いの府道へと上がってゆく。淀川の河川敷はゴルフ場となり、その流れは街道からは遙か向こうとなっている。

旧京街道
さて京街道は樟葉の駅を過ぎた所、樟葉交差点の辺りで淀川堤を分かれ右手へと入ってゆく。京阪線の線路の向こうに道が続いているのが見える。しかし、今そこに道はない。京阪線のガードを潜り駅前へと通ずる道を使って迂回する。ガードの先、最初の路地を左手に入り少し行くと、先程、府道上から見た京阪線を挟んで樟葉交差点と向き合う辺りに右手に入る道がある。その道を、線路を背にして進めば左へと曲がってゆく道の傍らに「旧京街道」と記された道標を見る。京街道は再び住宅街の中をしばらく進み水道局の施設の入口前を抜け、そして再びいや三度か、府道へと上がっていく。