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| 文禄堤から見る京阪守口駅 |
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| 文禄堤を行く |
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| 野崎道への道標 |
守口市の中心部に残る京街道の面影の中を抜け国道1号との交差点へと出る。
かつての文禄堤はこの先を真っ直ぐ進み、一方の京街道は堤を右手に降りて京へと向かったという。今は先に堤はなく、道はなだらかに国道へと下ってゆく。
どこにでもあるような交差点、そこがいかにも堤を降りるという様子を感じさせるのは思い入れが強すぎるからなのだろうか。
交差点の角に掲げられた東海道五十七次の大きな図、それが 街の歴史を人々に伝えている。
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| 旧白井家隠居所と道標 |
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| 一里塚跡 |
浜町の交差点で国道1号を渡るとすぐ左手に一里塚址がある。今は住宅の間の僅かな空間にはそれ 案内板だけが建てられている。
一里塚址を先へ進み京阪北本通を横切る。突き当たりの丁字路を右に入ると再び京阪北本通へと戻り正面に守口東高校を見る。ここからは京阪北本通を北へ進み日本通運の営業所前で左に入ってゆく路地へと進む。この区間の地図を見ると京阪北本通と守口東高校の敷地が京街道の道筋を切り取っているかのように見える。
さて、京阪北本通と分かれると京街道の正面には阪神高速が見えてくる。その高架橋を抜けた先にある高層マンションに挟まれた風景は、旧街道というよりも新興住宅地のそれとなる。突き当たりに正迎寺、由緒ある寺の存在が京街道の証明か。寺の前を右へと曲がり突き当たりの公園を今度は左へ、路なりに進んで左手の水道局の施設に沿って淀川方向に進み、堤防の上へと登って行く。
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| 旧街道は河川敷公園の下に |
堤道は淀川べりを北へと進む。右手には国道1号の寝屋川バイパスが走り、車が煩雑に行き来している。鳥飼大橋では近畿自動車道と共に大阪モノレールが淀川を渡る。モノレールはその昔、未来の乗り物として子供向けの絵本などにしばしば登場していたことを記憶している人も少なくないだろう。その未来の風景が今ここにある。21世紀は遙かに先のことであった。そして昭和30、40年代も今では「古き良き時代」となったのだろうか。そのころ、未来は輝かしいものであるはずだったのだが。
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| 淀川 |
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| 佐太天神宮 |
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