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東詰から北へ向かうと土佐堀通りに出る。そこから東へと向かい松屋町筋との交差点の北側には天神橋。現在の橋は1934年(昭和9年)に架け替えられたもの。半世紀以上経った今も大川(旧淀川)を渡り大阪の街の南北を結んでいる。
一方、高麗橋からまっすぐ東へと進む道は並木の間を緩やかに上がって行く。途中、北大江公園の北側に残る石段は、かつて八軒家の船着き場へと下りて行くそれであったという。
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| 八軒家船着場跡界隈 |
天満橋交差点でここまでほぼ真東へと進んできた土佐堀通りはやや北側へと進路を変える。かつて大川の護岸は交差点の北側、松坂屋のあたりから現在の土佐堀通りと交差してテレビ大阪の社屋とを結ぶようにあったらしい。今日に至るまでの河川改修や道路の拡幅、区画整理などによりかつての道筋を正確に辿ることは困難となっている。テレビ大阪と日本経済新聞社の社屋裏に残る小さな路地は旧道の最後の残映、と言えるのだろうか。
その日本経済新聞社の裏手の路地を突き当たり左に折れると京橋、右に進むと大坂城京橋口。正面には旧日本陸軍大阪砲兵工廠の遺構の一部が見える。
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| 旧日本陸軍大阪砲兵工廠跡 |
維新後は大阪鎮台、後の歩兵第四師団や大阪砲兵工廠などが置かれ1945年(昭和20年)の敗戦まで軍事施設としての機能を保ち続けた。
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| 大坂城 |
1665年(寛文5年)落雷により焼失した天守が再び大阪の空にそびえ立つことになるのは1931年(昭和3年)のこととなる。この再建された天守は豊臣時代のものを模したということだから、やはり大阪の町は二百数十年の徳川幕府支配の後も太閤さんのお膝元ということなのだろうか。そして近年、修復工事も終わり煌びやかな姿を訪れる人々の前に見せている。
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| 京橋 |
京阪本線に沿って進み大きな通りとの交差点の先、道路の真ん中にある植え込みの中に野田橋跡の碑が建つ。街道はここで鯰江川を対岸に渡り京へと向かっていた。今では川も橋もなくなり京阪本線の高架橋の下を通って先へと進む。
ところで、この右前方ちょうどJR東西線が地下へと走り抜けてゆく辺りに片町線のかつての終点、片町駅があった。駅が廃止される何年か前に訪れている筈なのだが、そのとき駅を出てどのように歩いたのか。廃止から数十年、すでに片町駅の思い出も記憶の彼方へと追いやられている。
京阪京橋駅横から京阪京橋ホテルに沿って京橋交差点方向へと歩みを進める。辺りは大阪の大ターミナルの一つ、人々が絶え間なく行き来する。その人々の内にこの道が京街道であったということを知る者はどれほどいるだろうか。JR環状線が国道1号を越えるガードに大きく書かれた「京街道」の文字がかつてここが京街道であったことを主張している。
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| “京街道” |
“ビギン京橋”京街道の出発の地として発展したこの地で新しい何かを始める。街全体は「ローマの下町」のイメージで統一されているという。
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| “ビギン京橋” |
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| 道しるべ |
都島通の裏へ回った京街道は緩やかな曲線を描いて、ほどなく再びそれと合流する。都島通へ出たところが地下鉄関目高殿駅。街道は都島通を横切り、通りの反対側の裏手を廻って現在の関目5丁目交差点へと抜けていったという。今も横断歩道を渡った先に小さな路地が通っている。この路地がかつての街道の道筋であるのかは分からないが、その風情を受け継いでいることには違いない。この辺り「七曲がり」と言われこのように左右に曲がりくねった道が今市まで続いていたという。そしてこの路地も緩やかに左手に回り込み関目5交差点へと出て行く。交差点の先、国道1号と163号に挟まれた府道161号がかつての京街道。この先は明治以降の改修でほぼ直線の道となり「七曲がり」の面影は残ってはいない。
城北運河を渡ると京街道は高殿から森小路へと移って行く。その運河の上には阪神高速道路が走る。都市高速道路の計画者は川や運河と見ればその上に道路を走らせるものらしい。日本橋といい高麗橋といい皆そうだ。用地買収の必要がないのだから理屈が通っているといえばそうなのだが。鴨川の上、三条大橋を都市高速道路が覆うようなことは決してないとは思うが。
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| 森小路/千林商店街 |
ところで、この辺り京街道の名残を探る旅は同時に京阪電車の廃線址探訪の旅でもある。
京街道に沿って敷設されていた京阪線はスピードアップのために開業から23年目の1933年(昭和8年)、守口から天満橋の間を現行のルートに変更している。
民家の敷地が奇妙な形に斜めに切り取られている所などは、京街道の七曲がりをショートカットして電車が走った後なのだろうか。(参考:宮脇俊三著、廃線址探訪9)
千林商店街を過ぎ京街道は程なく今市交差点で国道1号へと合流する。道路上に掲げられた標識はすでに守口市に入ったことを示している。
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