藤川宿から進んできた東海道は、岡崎城下へと流れてゆく乙川に突き当たる。
大平一里塚は今も往時の姿をよく残している。
「昭和24年の台風で倒れ、現在は若榎が植えられている」と案内板にある榎も今では大きく成長している。
岡崎二十七曲の碑から岡崎宿へと入っていく。
西三河の中心都市として発展してきた岡崎市。鉤型に屈曲していたであろうその道筋も、今では都市機能の一翼を担う道路として整備されている。
やがて国道1号と再会する辺りで二十七曲も終わりに近づき、岡崎城はすでに東海道の東側となっている。