江尻宿は今の清水である。
間違い、ではない。でも、ちょっと違うとも思う。
現在の行政区域で言えば、興津も清水市に含まれる。
いや、そもそも清水市はさった峠で由比町と境を接している。
ところで、清水といえば次郎長である。
生国は駿州、清水湊。と言うのだろうか
次郎長は二十歳の時に、旅の僧から二十五歳までの命と言われ、やくざの道に走ったという。
真偽のほどは知らないが、事実ならば本人の責任とはいえ罪作りなことを言ったものだ。
真っ当に生きていれば、「清水の実業家、山本長五郎氏」として名を成したかもしれない。
しかし、そうなっては縞の合羽に三度笠、駿遠三を股に掛けた次郎長の物語がなくなってしまうのだが。
その時は、黒駒の勝三をヒーローにしたてるか。
ところで、清水と静岡の合併話はどうなるのだろうか。
合併したとしても「江尻は今の静岡である」とは言わないだろうな。
細井の松原。
第二次世界大戦中、油を取る為に切り取られたという。
その油を航空燃料にしたそうだ。
松の油で戦争とは・・・
旧東海道、江尻の町並み。
並行して車の行き来する通りがある。あちらは清市水、こちらは江宿か。
左手に清水駅が見える。
1889年(明治22年)、開業の時は江尻駅と言った。
清水と改称されたのは1934年(昭和9年)。
清水、江尻などが合併して新しい清水市が成立したのは1924年(大正13年)。
このときすでに宿場町としての役割を終えていた江尻よりも、貿易港としての地位を高めつつあった清水の名前のほうを浸透させたかったのだろうか。
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