旧東海道は浮島沼と駿河湾に挟まれた砂州の上をまっすぐに通っていたという。
現代の国道、そして鉄道もどこまでも続くかのようにまっすぐ走っている。
浮島沼を干拓する事は、この地の人々にとっての念願であったという。
今とは異なり、水害や飢饉の恐怖が差し迫った問題であった時代のことだ。
1943年(昭和18年)に完成した昭和放水路。
増田平四郎の大計画は70年余の歳月を経て成就した。